さまざまな国の友人や海を越えて親友と呼べる人もできました。

私がオーストラリア留学を決めたキッカケは、なんとなく海外で生活してみたいという願望があったからです。社会人5年目でこのまま年をとっていいのかという迷いが常に頭にあったこと、そんな折ワキングホリデーを一年間終えた友人がタイミングよくセカンドワーキングホリデーに行くことが決まっていたことなど、小さな理由が沢山集まって決意したという感じです。

とはいっても、仕事を辞めて1年1人で海外に行くということは、当時かなりの一大決心で、行くからには精一杯やりきろうという思いで渡航しました。

留学を決意したのはいいのですが、オーストラリア、そして留学についての知識は皆無に等しく、インターネットでオーストラリア留学ドットコムを知りました。

当時留学エージェントについての知識ももちろんなく、どのエージェントを利用すべきか迷いました。説明会に参加し、具体的な情報提供と私達に決定を完全に委ねるというか、全く強制してこないスタンスがとても心地よく、お世話になることを決めました。

渡航前は留学ドットコムさんにサポートしてもらいながらビザ申請や、保険申し込みなど、少しずつ準備を進めました。ちなみにサポート代はすべて無料です。 迷った結果、やりたい事をその度決めて行動したかったので自由の利くワーキングホリデービザで留学することにしました。

オーストラリア入国後は、「とりあえず語学学校に通い英語を話せるようになる!」というプランが自分の中にあったので、シドニーのビーチの傍のお家で1ヶ月ホームステイし、3ヶ月間語学学校に通いました。 そこでの生活は当時の自分にとって、THE海外というか、すべての環境が英語で異文化であり、刺激的で魅力的だった反面、慣れよう、楽しもうと必死だったのを覚えています。

ホームステイ後は、自分で住む場所も探さなくてはならず、今思えば英語環境でよく気を張って頑張っていたなぁという感じです。 シドニーはほんとに沢山の日本人が留学しており、日本人が日本人らしく生活していける環境が整っています。 日本人向けのシドニー生活情報サイトが日本語でありますし、ある程度英語が話せなくてもなんとかなりました。

語学学校での最初のクラスレベルは「インターミディエイト」という日本人の平均からしたら中の上くらいのレベルだったので、1,2ヶ月くらいしたらなんとかコミュニケーションくらいは英語でとれるだろうと自負していたのですが、現地人との意思疎通は想像以上に難しく、シドニーの日本人に易しい環境にはとても助けられました。

語学学校卒業後は、カフェで働きました。 シドニーでの仕事はジャパレスが一般的だと思いますが、私はどうしてもカフェで働きたいという思いが強くあったので、3ヶ月の一般英語コースの後1ヶ月間コーヒーコースに通うと決め、コーヒーの作り方について勉強しました。

スキルと資格があっても経験を重視するオーストラリアでは、バリスタとしての経験値ゼロそして片言の英語しか話せない外人の私がローカルのカフェで仕事を見つけることは難しく、仕事探しはとても苦労しました。 ドットコムのスタッフさんや学校でできた友人の紹介などでなんとか仕事をゲットして学校卒業後は同時に3つの仕事を掛け持ちし、約4ヶ月間、とにかくがむしゃらに働きました。

平日は6時から9時まで毎朝約3時間ローカルの保険会社の中にある小さなコーヒーショップでバリスタとして働き、週に2,3回朝9時から18時まで日本人オーナーが営むカフェでもバリスタとして働きました。

休日は、ビーチサイドのカフェで終日キッチンハンドとして働きました。お給料は場所によりかなり差はありましたが、3箇所掛け持ちしていたこともあり、かなり稼ぐことができました。 基本的に忙しくするのが好きなタイプであり、バリスタとして働くという目標を叶えられた事と英語環境に身をおくことができていたので身体的にはかなりキツイ時期でしたが、精神的には充足していました。

特にビーチサイドのカフェでは、自分のオリジナルでチーズケーキやブラウニー、クッキーなどを焼かせてもらい、自分のお菓子が店頭に並ぶという夢のようなこともやらせてもらいました。 元々お菓子作りが好きだった自分にとってそれはとてもやりがいのある仕事でした。もちろんパティシエに関わる資格などを持っている訳でもなく、こんな素人がそんな事をやらせてもらえるのも自由なオーストラリアならではなんだろうと思います。

 

4ヶ月働いた後は仕事を全て辞め、ダーウィンやエアーズロックなどを巡るオーストラリアのツアーに参加しました。ツアーはオーストラリア人やアメリカ人、ドイツ、イタリアなどあらゆる国から参加者がいて、グループ旅行だったのでツアーの間ずっと行動を供にしたこともあり、ツアーメンバーとはすごく仲良くなりました。そのうちのひとりのドイツ人とは今でも連絡を取り合うほど仲良しです。

 

その後シドニーに戻り、ただただ何もせず、ルームメイトと飲みに行ったり、学校や以前の職場に遊びに行ったりとシドニーで初めてゆっくりとした時間を過ごしました。 日本から何人か友人が遊びに来てくれたのもちょうどその頃です。

のんびりと過ごす一方で、留学開始後9ヶ月経過しており、残りの3ヶ月どう過ごすか迷いました。迷った結果わたしはもう一度学校に行く事を決めました。

オーストラリア留学を悔いなく、思い切り楽しんで終えるにはそれが一番の方法だと考えたからです。 シドニーからバイロンベイという所に渡り、約5週間学校に行きました。そこではサーフィンにも挑戦しました。そこでの時間は留学中で最も楽しかった時間と言い切れます。

大きい学校ではなかったので、ほとんどすべての生徒が顔見知りでしたし、学校付属のステューデントハウスに滞在していたので、クラスメイトと同じ家に住むというとても楽しい環境下での生活でした。

毎週恒例で木曜日は外でBBQ,金曜日は学校の敷地内でライヴパーティ、土曜日は公園かビーチで飲み明かす、月曜日から水曜日はたいていどこかのステューデントハウスで一緒に各国の料理を作って食べるといった感じで、パーティ漬けの毎日でした。

その頃は、自分の英語力も留学当初に比べ上達しており、外国人に対する恐怖心もなかったこともあり、本当に様々な国の友達ができました。バイロンベイでの友人は毎日ずっーと一緒にいたこともあってみんなほんとに仲良しで、一年後ヨーロッパでみんなで集合しようというプランも立っているくらいです。 学校卒業後もバイロンベイが好き過ぎて離れられず、ギリギリまでそこで過ごしました。最後はタスマニアという場所を旅行し、シドニーとの別れを惜しんだ後、オーストラリアでの留学を終えました。

 

私は決意して、オーストラリアに一年留学して本当によかったと思っています。実際仕事を辞める際は本当に迷いました。もしも実行に移していなかったらずーっと心残りを抱いたまま何もアクションを起こすキッカケも掴めず、おばさんになっていっただろうと思います。

決意した結果、意識的に充実させようと、より大切に一年を過ごすことができましたし、本当に多くのものを得ることができました。何より、今後生きていく上での忍耐力と度胸がつきました。海を越えて、親友と呼べる人もできました。 今までの人生で一番の経験です。

オーストラリア留学後、一人でアジアも2ヶ月間周遊しました。これもオーストラリアに留学していなかったらこんなことしようとも思わなかっただろうし、度胸もなく実行できなかっただろうと思います。

アジア旅行中も、留学のおかげで少しは使えるようになった日本語英語とともに、多くのいい出会いがありました。 自分ではなかなか自覚するのは難しいですが、留学前と比べてきっと1.5回りくらいは大きくなったのではないかなぁと思っています(笑)

この一年が自分に気づかせてくれたものは自分の中に変化を齎し、今まで見えていなかったものが若干見えてきたというか、何を大切にして生きていくか何となく自分の中で分かってきたように思います。 自分の留学したかった真意はこういうことだったのかなぁという感じです。 留学を決めて本当に正解でした。

  • ビザ:ワーキングホリデー
  • 性別:女性
  • 目的:多くの友達を作ること。英語でコミュニケーションできるようになること。
  • 滞在地:シドニー、バイロンベイ


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