語学留学・大学留学 in ロンドン

留学の動機

日本にいなくても仕事ができる環境が整っていたので、大好きなイギリスに引っ越しをしたいと思いました。就労ビザが取れるのであればそれで良かったのですが、昨今のビザ配給の厳しさから、学生としてビザを申請するのが長期で滞在できる唯一の可能性でした。

何故その場所を選んだのか

イギリスの音楽を聞いて育ったこと、イギリスの英語のアクセントが好きだったのが一番の理由です。また以前にロンドンで暮らしたことがあり、もう一度生活をしたいと思いました。

留学中楽しかったこと(大学留学)

日本でいうと専門学校という括りになるかもしれませんが、自分の好きな分野(作曲)について勉強をした3年間は、楽しいばかりでした。イギリスの正式な大学卒業資格を得るためのコースですので、普通の大学と同様に論文も書きますし、音楽業界についての知識や関わる法律の勉強などもしなくてはなりませんでしたが、全て身になることばかりのように思えました。

わたしは他の学生とは年が離れている上に既に現地に友人もいたので、大学のクラスメイトと遊びに行くようなことはほとんどありませんでしたが、顔を見たら注文する前にいつものコーヒーを出してくれる馴染みのお店ができたり、近所の人と仲良くなったり、手に入るもので美味しい料理を作ったり、自分の人生が、自分の選んだ土地で展開していること実感するたびに、幸せだなあと感じていました。

留学中の不満

移民への対応が厳しくなっており、手に入れたビザではアルバイトもできず、大学を卒業しても就労ビザの発行を援助してくれるような就職先が見つかる可能性もありませんでした。
卒業後の見通しが良くないのはどこの国でも同じかもしれませんが、移民であるという事実は、今いる環境に胡座をかいていられないという、よい緊張感となっていたかもしれません。

留学を通して学んだこと(語学以外で)

イギリスでの生活は貯金で賄うことが前提だったため、円をポンドに換金するのにも慎重にならざるを得ませんでした。特に相場の変動が激しい時期で、節約学生には死活問題でしたので、日々の政治や経済の動きに注目するようになりました。移民対策問題も他人事ではありませんので、イギリスの政治家に憤ったりすることもしばしばでした。

また隣の芝生は青いといいますが、日英双方について、良いところを見つけたら直ちに絶賛してそれが足りないもう一方の国を批判するのではなく、調べればたいがい見つかる悪い部分についても必ず検討するようになりました。

例えばイギリスには無料で受けられる医療制度NHSがある一方、無料だからこそ必要な時にすぐに診療してもらえるわけではないという不具合があり、日本では保険料を納め診察料を払うものの、いつでも診てもらえる便利さがあること、などです。 どちらが優れていると一概に言うわけにはいきませんので、石頭と偏見を防ぐ習慣になったと思います。

留学を通して学んだこと(語学)

1.英語の勉強法について

高校生の頃にオーストラリアで交換留学(何も話せない状態で現地の高校に編入)、そして社会人になってからロンドンで語学留学をしたことがあるのですが、英語力が伸びたのが、外国で暮らしたそれぞれの一年間という時間に限るかというと、そうではないと思っています。

もともと英語が好きだったので、外国にいる間はその日に出会った新しい言葉の意味を知りたくて、家に帰ると毎日のように辞書を開いていました。聞いた言葉を家に持ち帰ることができる(記憶している)ということは、それはよく耳にする単語だったり、何だか便利そうと思った言葉だったりします。

辞書で見つけたらあとは使えるようになるために、それを含んだ言い回しを考えたりして、翌日から口にするチャンスを狙って過ごしました。ですが、そのような行動が海外生活だからできる特別なものというわけではないと思います。わたしの場合は日本に戻ってからも、覚えたことを忘れないように独り言を英語でいったり、イギリス人が話す動画で見て話し方を真似したりするという習慣がとても役に立ったと思います。

新しい言葉も、インターネットにゴロゴロ落ちているものです。友人との会話で得るような言い回しを習得するには、街頭インタビューやユーチューバーのクリップが役にちますし、自分の興味のある分野のニュースリポートや、その業界の関係者のインタビューなどで得られるものは、専門用語の習得に限りません。

自分が将来語るようになるかもしれない類のことを、ほかの人の語り口で予習し、お手本として真似をします。そのうえ、それを何度も何度も再生して、耳や頭や自分の口元に叩き込むことができるのです。

生身のイギリス人を前にしている時には、自分が覚えるまで繰り返してもらったり口元を凝視したりするのは気が引けますが、自習だからこそ可能なことだったと思います。オススメは、誰かが言った「ここだ」と思う部分を丸暗記してしまうことです。

100回聞けば、だいたい何となく音の感じがつかめてきて、200回聞けば何を言っているかわかるような気がし始め、300回も聞けば、真似ができるようになるでしょう。そっくりに言えるようになれば、そろそろ内容を自分にあったもの、自分ならこれについて話す、という事項にすり替えてみます。そしてそれをスラスラ言えるようになる頃には、自分の好きな何かについて英語で話すことができるようになっているのです。

また日本と同じく、イギリス人のアクセントも多様です。留学する地域や人々が育った場所によって全く違うものですので、実際に暮らす地域のコミュニティにいる人々の習慣とは違う「遠くの人々」の話し方を、インターネットで耳にすることができるというわけです。

このような方法は、もちろん留学前の準備としても活用できるのですが、帰国後、ある程度の語学力が身についた、または自分が親しんだアクセントへの愛着が湧いた状態で、ぐいぐいと面白くなっていき、予想以上の効果を挙げるのではないかと思います。

そして帰国後にはこのような作業ができる、ということが頭の片隅にあったなら、実際にイギリスに暮らしている間に、人のアクセントや話し方、そこから感じられる人柄などを嗅ぎ分けられるようになる可能性もあるでしょう。語学学校で「発音など興味がない」と言う日本人に出会いました。むしろその人は、英語がちっとも上達しない、アメリカ人とイギリス人の違いも分からない、と唇を尖らしていました。

ですがある日、当時住んでいたBayswaterという街で「ベィズウァラーの駅はどこですか」とアメリカンな感じで道を聞かれ「わたしの暮らすベイズウォーターと気付かなかった!」という事件を経験したそうです。それ以来「発音は侮れない」から「わたしイギリス発音が好きだわ」の気付きを経て、どんどん研究と練習を重ねました。

そして発音が変わり、英語を口にするのが苦でなくなったように見えました。興味というのは、人を変えるものでしょう。気になったこと、好きになったことに費やす時間を「勉強」「面倒」と捉えないで済むのであれば、そんな習性を利用しない手はありません。

「英語は丸暗記」と言っては受験勉強を思い出させてしまうかもしれませんが、そもそも日本人が、筆記試験や文法問題に比べて話す力や聞き取る力が低いと言われるのは、公式を覚えてそれを応用するという順序の学習方法に慣れているからかもしれません。

それならば、自分のコミュニケーションに役立つフォーマットを作り上げ(それにはある程度の分析が必要ではありますが)、その場に相応しい情報を空欄に埋め込んで使いこなす、という方法が有効だと思います。

そしてそれを発信するには練習が必要ですから、丸暗記できるまでお手本を聞き込んで真似して、ソレっぽく言えるフレーズを少しずつ増やしていくことができれば良いと思います。赤ちゃんが大人が話すのを聞いて言葉を覚えていくのと同じメソッドでしょう。

わたしはまだ英語が話せなかった高校生のとき、雑誌に映画の台本の一部が掲載されているのを見つけ、それを覚えるまで繰り返し読みました。西部劇だったので実生活には全く役に立たなかったのは残念ですが、最近ではドラマのDVDやネット上の動画でも英語字幕を見られますので、繰り返し見て苦にならないもの、いつかこんな会話がしたいわ、と思えるようなシーンなどを見つけて楽しみながら覚えられるといいと思います。

2.英語が全く話せなかった時からの進歩(交換留学)

英語を話せるようになったと感じたのはいつかと聞かれることがよくあります。

3ヶ月頃に「あ、そう言えばわかるようになってきている」と気づいたとか、半年たってやっと「上達したと感じた」などという先輩留学生の体験談を励みに、英語を話せない外国人と初めて接したホストファミリーに囲まれて落ち込む日々を何とか乗り越えていきましたが、振り返ってみると確かに、3ヶ月、6ヶ月といった間隔で「気付けばだいぶ理解できるようになっている」「話せるようになっている」と感じる瞬間が訪れたと思います。

英語で夢を見るようになるというのもひとつのベンチマークだという話もあります。交換留学では、オーストラリアの片田舎で日本語をほとんど話さない環境にいたので、よく話す友人たち(つまり英語しか話さない人たち)が登場するようになった段階で、夢は英語に切り替わったと思います。

発音に関しては特に悪くなかったものの、喋る勇気がなく、留学の初めは言えるはずのことも言ない、つまり会話力がゼロの状態でした。
例えば、”She is nice.”と言いたいときに”She’s nice.”と言えば良いことは知っていたのに、それが何故か恥ずかしくて「シー・イズ・ナイス」とカチコチ固まりながら口にしていました。

また、日本の学校で習ったので「こうあるべき」と頭で思っている言葉が聞こえないと、言われていることを理解できない、という問題もありました。

例えば、何かを質問されている時には”Do you…?”や”Are you…?”と言われるはず(だと思っている)なのに、実際は”Want me to do this (Do you want me to do this – コレやろうか)?”や”You cold (Are you cold – 寒い)?”のように、返答しなくてはいけない会話であることを示唆する”do”や”are”が聞こえないせいで、質問されていると気づかないのです。

聞こえていれば最初から質問だとわかったうえで言葉を追えばよいので一見楽なようですが、肝心なのは全体の内容(何についての話か、誰についての話か)で、それが何となく掴めさえすれば、質問されるような内容かも自ずと分かってくるものです。ですから文頭に”do”や”are”を探さない習慣をつけることで、「見つからなかったから質問だとわからなかった(しかも内容もわからない)!」という不戦敗のようなパニックが減っていきました。

ホストファミリーの家には3人の子供がいて、一番下の10歳の女の子との会話(らしき何か)が最も気楽だと感じていました。お姉さんぶりたい年頃で、大きな子供(わたしです)に優しく言って聞かせるというアクティビティは彼女にはそれほど苦ではなかったでしょうし、こちらとしては言いたいことが山積みの大人に何度も「もう一度言って」とお願いし続けて、いつか「この子は会話ができない」と判断されてしまうかもしれない、という不安がないせいで、分かったフリなどをしなくてすむ心許せる話し相手でした。

唯一のジレンマは、言われた言葉がわからなかった時に大人のように別の単語に置き換えて伝てくれない、ということでしょうか。
例えば、彼女がよく使っていた言葉に”reckon”というのがありました(”I reckon…” ”Do you reckon…?”のように頻出していました)。「reckonって何?(”What does reckon mean?””What’s ‘reckon’?”)」と聞いても、それを説明できないので話は流れるのですが、大人に聞けばきっと”think”などと言い換えてくれただろうと思うのです。

そして大人相手であれば綴りを聞いて辞書を引いて自分で納得することができたのでしょうが、何日もかかってようやくreckonというスペルに辿り着いたことを覚えています。
今考えると、別の場面で大人に尋ねれば良かったのですが、reckonなどという言葉を突然思い出して、発音するような勇気もなかったようにも思います。

また他の国からの留学生は、ボキャブラリーのレベルや、外国での生活に挑戦中であるというような共通項が多く、気楽に話ができると感じました。

そして相手が思い出せなかった単語がスラリと口から出て、助け舟を出すというような状況があると、自分の自信にもなるものです。語学学校では、モジモジしていると勢いの良い生徒に発言権を持っていかれやすいものですが、クラスの外で、じっくりのんびり話すことができる気の合う誰かが見つかればしめたものです。

その日に起こったことや他の誰かと喋ったことなどを伝える相手がいるというのは、自分が目にして心のなかで日本語で処理していた出来事を、英語で伝える習慣ができるということです。
そしてそれが重なっていくと、日本語から英語にというステップが億劫になって最初から英語で処理する(考える)ようになる、という段取りです。

また、興味のある分野についての英語はその他の人よりもよく知っている、すらすら頭に入ってくる、ということも多いと思います。

仲良くなった友だちの言うことを理解したい、もっと質問したい、というのもそういったモチベーションのひとつでしょう。「伝えたいことがある」という気持ちと「知りたいことがある」という動機は、同等にその手段である言語を習得する手助けになるでしょう。

受講したコースや学校内での雰囲気、学校での思い出

卒業時にはthe University of West Londonという大学から学位を取得できる、BIMM Londonの3年間の学位課程を受講しました。ソングライティングのコースで、作曲や最新の音楽テクノロジーのスキル習得の他、印税や著作権、音楽業界で生き残るためのビジネスの分野についても勉強しました。

中には在学中にプロとしての契約を取り付けたクラスメイトもおり、またカレッジ全体ではミュージシャンだけでなく音楽ビジネスやサウンドエンジニアリングのコースもありましたので、学生とはいえアーティスト/業外人同士互いをサポートし、刺激し合う雰囲気だったと思います。

ロンドンのカレッジにしては珍しく、ほとんどがイギリス人のクラスで、わたし以外にいた外国人生徒2人もヨーロッパの人でした。EU圏外の学生に適用される多額の学費を払っていたわたしは一分一秒無駄にしたくなかったのですが、同時に、毎週90%以上の出席率を保たなければ退学と国外退去処分が待っているというビザのルールもありましたので、遅刻はゼロ、欠席も2日のみで3年間終了しました。

そのようなルールも関係のない他の学生たちは欠席も多く、授業には出ず課題だけ提出する人や途中で退学した人もいました。

ホームステイやシェアハウスの体験

最大で7人でクラスハウスシェアで初めの一年半を過ごしました。人によっては共有の場所を汚しっぱなしにしたりしますので、自分自身が気持ちよく使うためにせっせと掃除や片づけをしていたところ、一番の古株になったこともあり、最後には家長のようになっていました。

次にはもうちょっと少ない人数で暮らしたかったので、若いカップルとのフラットシェアを選びました。その2人の持ち家だったので、わたしが掃除したり日用品を買い込んで割り勘したりする必要がなくなり、自分の片付けだけで良いなんてここは極楽かと思いました。色々な経験をしてみるものですね。

留学先の国と日本との違いや共通点

日本人は文章を読み書きする力が、話す力や聞き取る力と比べると格段に高い傾向にあるといわれます。英語で話さなくてはいけない環境にない分、英語の勉強というものが、単語や文法を覚え、紙とペンを使って書き取るという作業に集中するからでしょうか。

語学留学の際、入学時に受けた筆記テストで高得点をとって上位クラスに入れられたものの、初級クラスと違って話せない人向けにゆっくり喋ってもくれない先生の言うことがわからず、生徒同士の活発なディスカッションにも参加できず、授業に全くついていけないと感じる、という話もよく聞きます。

確かに、自分の意見を口にすることが少ない日本の学習環境からすれば、我もわれもと発言する他の国からの学生に囲まれた日本人がそれに負けない「我もわれも」に変身するのは易しいことではないでしょう。
例えば、授業のプランを立ててこの日のクラスにやってきた先生が、ありがたい何かを話している途中で「ちょっと暑いから窓開けていいですか」などと言う勇気は、日本では図太さと呼ばれるかもしれません。

また「わたしはこう思うし、それ以外はありえない」と鼻息荒く宣言する他の生徒に「そうですか。では今日はこの辺で」と引き下がらずに「それでもこういう可能性があるとは思いませんか」などと伝えてみる行動には、また別の図太さが必要なのかもしれません。この場を丸く納めるために諦めて、お開きにした方がみんなのためにも良いだろう、という考えるのは、日本の国民性でしょうか。

実際のところ、そのような国民性というのも、外国語を学ぶ際に重要な、または時に弊害となる要素であると言えるでしょう。
前述のように、個人的な要求を述べる場合と同じく、食い下がって「自分の意見」を伝えようという意気込みは、あなたに「話さなくてはいけない事柄」をもたらします。

人に迷惑をかけないことを教え込まれる文化で育てば、発言の前に「わたしの意見はみんなの前で述べるに値するだろうか」「そもそもこれは意見と言えるだろうか」などと考える癖がつくかもしれませんが、そんな暇なくとりあえず口にする人々は、言葉を発する回数が違います。

何故なら、そうしなくてはならない(話さなくてはいけない)からです。そしてどんどん、話す力をつけていきます。
性質を変えるのは難しいことですが、例えば話すことがないときには、「話すことがない」と伝えることで意志を伝えることができます。

意思を伝えるというのは、人の気持ちを察するのがマナーという世界を一歩出れば、言わば「やらなくてはならないこと」でしょう。ディスカッションに入っていけないときに「ついていけないからもうちょっとゆっくり話して欲しい」と言ったり、意見を求められたときに「何を話しているのかわからないから言えない」または「それについて考えたことがなくて今意見が出てこない」と言うのも、意志発信の一つです。

話の輪の中にいるようでいて、黙って困った顔をしているというのは、コミュニケーションではありません。わからないこと、言うことがないことを伝えて初めて、周りとコンタクトを取ったと言えるでしょう。そして初めて、周りの人があなたという人を理解するチャンスが生まれるのです。

英語で話せるようになるということは、相手を理解するスキルを得るのと同時に、相手に理解してもらう力をつけることなのではないでしょうか。「相手に理解してもらう」というのは受け身の響きがありますが、「相手に自分の考えや性質を伝える」という、あなたが起こすアクションです。

「好きではない」「興味がない」など否定的な事柄は特に口にし辛いものですが、それも伝えたほうがいい場合も多々あります。人が話している最中に割り込む必要はありません。初めのうちは、人の会話を聞いていてもしも聞かれたら「わたしはそれはやりたくない」「面白そうにみえない」などと自分の意見を言うチャンスを狙って用意しておく、というのも手です。

イギリスで大学に通い出した頃、特に何の感情もわかない何かについて、授業で意見を聞かれることがよくありました。
そのような場合、後に聞かれることがわかった時点でひとつだけ言うことを探して、残りの時間はそれをちゃんと言えるように準備する、という方法をよくとっていました。

つまり意見として言えるポイントが見つかったら、あとはその「何か」は放ったらかしにして、ひたすらそれっぽい意見を作り上げることに時間を使うのです。

せっかく準備したのに、全く予想外のポイントについて質問されることもありますが、「まず一番に、コレについてこう思った(自分が用意した点に何が何でも触れる – 何故なら他になにも用意していないから)。あまりに気になったので、他の部分については覚えていない」などと、ひょうひょうと言えるようになったものです。

そして「全く理解できなかった。もしかしたらわたしが育ったのはこういう環境だったからかもしれない」などのように、否定的だとしてもその意見の理由やその裏付け的推測を付け加えることで、一人前の意見として受け取られ、その日をやり過ごすことができるという寸法です。

日々をやり過ごしているうちに、意見を準備することがいつのまにか大変なことではなくなり、そのうち本当に、言いたくてたまらない意見が湧いてきて止まらなくなるかもしれません。
話せるようになりたいという目標を越えて、英語があなたという人を正しく伝える道具となりますように。

これから留学する方へのアドバイス

高校時代に交換留学で一年間オーストラリアに暮らして以来、多くの人から留学についての相談を受けてきました。オーストラリアとニュージーランド、どっちがいいと思う?アメリカとイギリスと迷ってるんだけど…というような質問がよくあります。

そのような場合、実際に訪れたことがない国と、生活したことがある国とを比べることはできないとまず説明します。留学したい理由や目的を聞いて、自分の知っている国がその人に合うかどうかをアドバイスすることはできるかもしれませんが、もう一つの候補地については未経験度の数値は同じですから、本人に調査、研究してもらうしかありません。

この時点で、その後興味を失ってしまったかのように一切連絡がなくなることもよくあります。留学をするなら、人任せで道が定まることを期待してはいられないと思います。

また、イギリスで英語留学したいんだけどどの都市がいいと思う?というような質問を受けることも少なくありません。

これも未知の国の都市バージョンなだけで、知らない街については何もわかりません。興味のある語学学校を2~3校に絞って相談に来てくれた人には、それぞれの機関の情報や土地の雰囲気を英語でできるだけ詳しく調べて意見を言うことはできます。

ですが、星の数ほどある英語学校について知り尽くしている専門家ではありませんので、「どこの都市?」の段階では、残念ながら力になることができません。そんな時には、様々な学校の情報を網羅していて、留学中もサポートもしてくれるプロに相談するといいよと伝えます。

それでも、外国に単身で留学をするなら、誰かが行き先を決めてくれるわけではありませんし、留学先でのトラブルを誰かが解決してくれるわけでもありませんので、自分というコマを先に進める、自分を護るという行動は、結局本人の力で起こすものだということは知っておきたいものです。

前述のような、わたしが力になれる範囲の狭さを伝えて「わかった」と力強く言って立ち去った人たちは、頼りにならない相談相手よりも自分の行動力を駆使することを選んだのでしょう。

次に会う時にはビザの申請でわからない部分をピンポイントで質問してきたり、またはいつのまにか渡英の日程が決まったことの報告をしてくれたりと、筆者の知らぬ間にどんどん行動して、夢を現実的な計画に塗り変えて、本当に日本から旅立ちました。

留学をしたい理由に正解はありませんし、実行に相応しい正当性のレベルなどもありません。あなたが留学を望めば、どんな理由からだとしても、詳しく調べ始めたり計画を練ったり、自分の手に及ばないところは然るべき人に頼んだりと、何かしらの行動が始まるでしょう。

ここを読んでいるあなたは既に、自分なりの目標を持って夢を叶えようとしている最中なのだと思います。もちろん留学を思いついて初めの手探りの段階でしたら、今は特にはっきりと目標が見えなくても構いません。

興味を持って調べ始めたら、様々な情報に触れるうちに自分が望むことや現実的な事柄がわかってきて、いつか形が定まってくるでしょう。そこから、長い道のりになるかもしれませんが、専門家の手助けが得られるのであれば有意義に使い、ひとりでは成し得なかったかもしれない、あなたの夢の実現を満喫しましょう。

留学準備中や、言葉も文化も違う国での留学の最中に得られるプロのサポートは、心強いものです。
また留学中には、日本の家族や友人の支えが、思いがけずありがたく思えるかもしれません。ですが振り返ると、日本の親しい間柄の力添えは、帰国後、もしかしたらもっと必要であるかもしれないと思います。

良い体験をすると、いかに楽しかったかを際限なく話し続けてしまうことになると思います。
そんな時(またはそこから長い間)耳を傾けてくれ、「(留学受入国に)帰りたい」などと言う、日本で待っていた人にしたら腹立たしいかもしれない発言も受け入れてくれる人々がいて、初めて留学生活が消化できるのではないかと思うのです。

日本で受け入れてくれる環境があることに気づいて初めて、手にあるもののありがたみと、異国で体験してきたことの影響が実感できるのではないかと思います。
外国で暮らすと、その国の良い部分、悪い部分と同時に、日本のそれらにも気付くものです。

ですから、留学中から「日本にはないところ」を良し悪しで判断したり、「日本では当たり前のこと」を期待したりせずに、違う部分を受け入れること、足りないと感じる部分を補う何かを見つけることを習慣にするのが、留学を有意義な経験として成功させる上で大切な点ではないかと思います。

  • 滞在先:イギリス・ロンドン
  • 目的:語学留学
  • 大学:BIMM London-University of West London

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